チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで10年が経ちました。日々の暮らしを綴ります。

タイに住んで10年(其の3)

建て売りの家を買う時、同じ広さの土地が隣に有って、その間に塀は無く、
芝生も綺麗に生えて居て、丁度庭の様になると思ったので、同時に購入した。


そして、妻の母と、市内の学校に通って居た妻の姪と、
出戻りで実家に居た妻の姉も一緒に暮らす事になった。
一挙に6人の大家族となった。
3LDKにはちょっときつかった。
義姉はリビングで寝た。


暮らして見ると、未だ整地もされて無い裏の草地に、毎日牛が草を食べに来た。
牧歌的でいいとも言えるが、鳴き声や糞もちょっと気になった。
家と裏の塀との間は、1.5メートルしか無く、
その塀の直ぐ裏まで牛が迫って居たのだ。


バスタブも無かったので、裏の塀との間に大きなクールボックスを置いて、
其処に湯を張り、浸かったりして居たのだが、
裏の土地の価格が1軒分が80万バーツ(当時約240万円)だったので、
次々と買い足して行き、寝室と浴室兼トイレとキッチンを別棟で増築した。
最終的には6軒分の土地になった。(1軒分は85坪)


すると、地主は回転資金が出来たので、周りに次々と家を建設して行った。
今迄長い間放置されて居たであろう土地が、1-2年で団地らしくなった。


時を同じくして、Big-C(総合スーパー)の向かいにデパートが出来、
従業員等の需要が出来たのか、辺りにはアパートの建築ラッシュが始まった。
そして、お決まりの様に、Big-Cの側道である我が団地の前の道沿いに、
自宅を改造した食べ物屋が次々とオープンして行った。
それは今尚続いて居る。


アパートの建築ラッシュも、今尚続いて居る。
いや、それどころか、Big-Cの横にホテルと大型マンションが出来、
デパートの横にも大型マンションが出来ようとして居る。
チェンライの不動産バブルは、いつ弾けるのか見当も付かない。


(つづく)



タイに住んで10年(其の2)

退職をするまでは、チェンマイがいいな何て思って居た。
退職してから、タイ行きを現実のものとして、妻と話して居ると、
チェンマイは、彼女の念頭には無い事が分かって来た。
そして、タイ行きがいよいよ近づいて来ると、
もうすっかり、チェンライしか有り得ないと言う暗黙の了解になって居た。
別にチェンマイでなけりゃならんと言うほどでも無かったので、
私もやっぱり彼女の実家が有る所が妥当だと思う様になって居た。


そして、渡タイして、久し振りに彼女の実家に訪れて見ると、
夜などはしみじみ田舎だなあと言う実感が沸いて来た。
朝も鶏の声で目覚めた。
彼女も当然の様に、此処には住め無いと言う風だった。


そして、市内の何処かに家を借りなければと言う事で、早速家探しが始まった。
私の食べられるものが無いから無理だろうと、彼女が直感したのでは無いだろうか。
当時、私の口に合いそうなものは、メリケン粉を揚げたお菓子の様なものしか、
売って居無かった。


実家のトラックで60キロほど有る市内に出掛けた。
トラックは母の乗り降りが大変で、
取り敢えず先に車を買おうと言う事になった。


ホンダのディーラーに行くと、納車は1カ月と言われた。
トヨタやニッサンにも行ったが同様だった。
マツダに行った処、店頭のものを乗って帰れると言う事だった。
本当に店頭のものかどうかは忘れたが、結局、翌日購入出来た。


最初は借家を探して居たのだが、
何度も後一歩で契約と言う処まで話が進んだのだが、
最後の処でいつも破談になった。


もう最後の手段で、GoogleマップでBig-Cの近くに団地らしきものが有ったので、
其処に行って見ると、空き地にポツンと一軒建って居て、看板がぶら下がって居た。
何やら胡散臭い匂いがしたが、電話をして見ると、近所の大家が飛んで来た。
娘の為に建てたが、もう帰って来ないので、売りに出して居るとの事だった。
中を見てみると未だ新品の様で、外見も新しかったので、半信半疑ながら話を進めた。


大家は何処かの病院の看護婦で、団地の地主である事も分かった。
タイでの不動産取引は始めて経験したが、
登記所に行って、受付の人に書き換えを申請して、整った段階で役所の人が
「もう、終わりましたか?」と聞いて来る。
つまり、その間、契約者同士で金(小切手)の受け渡しを膝の上でして、
終わって居れば、「OK」の返事をする。
其処で売り手が了解の合図をしなかったら、破談になるのだ。


余談だが、金を受け取って、そのまま逃げればどう言う事になるのだろう。
役所の人は、逃げた方を疑い、そのまま新しい謄本をくれるのだろうか。
いや、逃げずに「未だ貰って無い」と主張すればどうなるのだろう。
まさかその場で身体検査をする訳にも行くまい。
「奥の方へどうぞ」と言う事になるのだろうか。
まあ、裁判でもされたら地主の評判は失墜して、普段の生活にも支障が出るだろう。


随分話が脱線したが、兎に角そうやって家を取得した。
(つづく)



タイに住んで10年

早期退職をしてからタイに来て、早10年が経とうとして居る。

まさかタイにずっと住み続けるとは…。
いや、心の奥底では予期して居たのかも知れない。
でも、暫くは、いや、体の元気な内は、

日本とタイを行ったり来たりするつもりだった。
それが早くも、2年目にして、その目論見は崩れてしまった。


良かったのか、悪かったのかの評価は今もって出来無い。
余りにもタイの居心地が良かったのは事実。
でも、もう少し日本の家の処分を遅らせた方が良かったのではと、

今でも思って居る。
長く留守にすると家が傷むので、早く処分をと、あの時は焦ったのだ。
若しかしてそれは正解だったのかも知れないが、未だにすっきりはしないのだ。


唯、今こうしてタイに住んで居て、予想以上に住み心地が良いのは、
非常にありがたい事だと、それこそ毎日の様に感謝して居る。


タイが嫌だなと思った事は、少なからず有る。
物は壊れ易いし、夜遅くまで音楽が喧しいとか…。
でもそんな事は、些細な事で、気候の良さとか、物価の安さとかに比べたら、
此処は本当に天国かと思えるくらい、居心地の良い国だったのだ。


タイでの処し方について失敗したと思う事も山ほど有るが、
それらを差し引いても、お釣りが来るくらい幸せな人生だ。


中には借金をこさえて夜逃げした人も居れば、
自分の予想と違って居たので、タイには住め無いと、早々に帰国する人、
長年滞在した後、帰国する人など、人様々な中で、
私は今の処、順調に行って居る。


これは勿論、妻のお陰も有るし、親兄弟、
そして、今まで私と関わりの有った全ての人のお陰も有るだろう。
今後は、この幸せが続く事を願うばかりだ。


移住当初は、日本ならこうだのにとか、日本に有ってタイに無い物とか、
色々不満は有った。
今はそれに慣れてしまったのか、忘れてしまったのか、自分では分からないが、
日本は余りにも完璧過ぎて、「日本の常識は世界の非常識」と言う言葉が有る。
それがいいか悪いかは別にして、日本は特異だと言う事は、
タイに住んで見て良く分かった。
外人もタイ人と似ているからだ。


だから、日本の方が良いと思われる点も、
ほどほどでいいでは無いかと考える様になった。


故プミポン国王が提唱された「足るを知る経済」と言う言葉が有る。
私はこの言葉をいつも思い浮かべる。
日本は徹底的な利潤追求の結果が、今日の歪んだ社会では無いのか。


話が脱線したが、兎に角、間も無く移住生活10年を迎えるに当たり、
今一度、私が辿って来た10年を振り返り、今後の指針とする為、
暫くこの項で書いて、心の整理をしたいと思います。



昨日の朝食 赤だしぶっ掛けご飯とししゃも


昨日の夕食 おでん




タイの過ごし方(其の14)

今回は、日本人夫婦の場合のタイの過ごし方についてお話します。

このケースは、土地所有が出来無いと言う点で、
独身者と同様な条件になると思いますが、
借りる住居はマンションでは無く、戸建てになるでしょう。
家事が分担出来ると言う点で、家で日本食を調理するのも、
条件的に有利だと思います。


そうすると、割高な日本料理店に、常時足を運ぶ必要も無いので、
必ずしもチェンマイが適当と言う事も言えないのではと思いますが、
実際は、日本人夫婦の場合は、チェンマイ在住者が圧倒的です。

在住と言っても、春と秋は日本でと言う方が多いのですが…。


私などは、気候も良く、賃料も安いチェンライの方が良いと思うのですが、
日本人通訳が常駐して居る病院が有るので安心と言う事でしょうか。
或いは、アミューズメント施設等が充実して居る事も大きいのでしょうか。


飛行機の便は、今までチェンマイが圧倒的に有利だったのですが、
チェンライも最近では、日に10便くらい飛ぶ様になりました。
丁度、私の家の真上を通るので、乗らない私としては、
便数が増えるのは余り有り難く無いのですが…。


一方、チェンマイの交通渋滞は、いよいよ大変な事になって来ました。
市街地はいつ行っても大変な混み様です。
だから、若しチェンマイに住まわれるなら、是非、郊外をお勧めします。
大型の商業施設も郊外に点在して居ます。

そして、チェンライも街中は混む様になって来ました。
チェンマイほどでは有りませんが、私などはいつも抜け道を通って居ます。


チェンライ在住の日本人夫婦は、私の知る限り三組でしたが、
今では一組になりつつあります。
あくまでも私の知る限りですが…。


どうしてチェンライでは、こんなにも日本人夫妻が少ないのでしょうか。
一つには、奥さん同士の交流が無い事が、原因ではないかと思われます。
やはり友達が居ないと寂しいですからネ。


チェンマイの日本人会では、人数も多いので交流が盛んです。
やはりチェンライでは、絶対数が少ないと言う事が致し方無い処です。


昨日の朝食 鶏粥と焼き鯖


昨日の昼食 カレーうどん


今日の朝食 味噌汁ぶっ掛けご飯と茶碗蒸し



チェット・ベーカー(ジャズシンガー&トランペッター)

日本に居た頃、ジャズとクラシックのCDを2千枚持って居る友人が居て、
彼が一度このチェット・ベーカーを聞いて見ろと勧めてくれた。
そして、私もたちまちフアンになり、ダビングしてよく聞いて居たのだが、
タイに来て、ごく近所に住んで居る人も大変なジャズマニアで、
その彼がCDを千枚ほど持って居る中に、
やはりこのチェット・ベーカーが何枚か入って居た。




Chet Baker - But Not for Me

Chet Baker - I fall in love too easily

Chet Baker - My Funny Valentine

That Old Feeling / Chet Baker