チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで16年。日々の暮らしを綴ります。

追記(その4)(自叙伝補足)ー日本人会の頃ー


明るい話と言うほどでは無いが、私が日本人会の会長に成った頃の話。
入会1年目くらいで会長に成ってしまった。
移住後2年目くらいの話だ。
毎年11月に領事館主導のランナージープン交流祭と言うのが有って、会としては初めて「日泰ゴルフ大会」をした。
日本人側が足りないのでチェンマイの日本人にも来て貰って盛大に行われた。
チェンマイ総領事を始め、チェンライ県副知事、観光スポーツ省同県所長、警察副署長などもご参加頂き、日本人スタッフなどを併せ総勢120名を超えた。
会場では空手や餅つき、アカ族の餅つき、民族ダンスなども交えての懇親会。
それ以外の交流祭としては、講師(元JICAシニアボランティア)を招いて小学校でそろばん体験学習。
翌年度には公立病院前通りの西方1キロで日曜歩行者天国を開始すると言うので、餅つきや剣道・空手のパフォーマンス。
開始月の8月には毎週やった。
流石に疲れたので翌月からは月イチ。
生バンド演奏は最高に盛り上がった。
それで日本人会の知名度も少し上がった。
米国人会などは少数なのか打てなかった。
翌年にはチェンマイ総領事館がチェンライのデパートで日本から太鼓と三味線奏者を招いて演奏会をすると言うので共催した。
共催と言っても市内にポスターを貼った位だが…。
最初に総領事がタイ語で挨拶をすると言うので2番目の私も英語で書いたタイ語の挨拶文を読み上げた。
その次はチェンライ県の副知事。
凄く緊張して膝が震えた。
何しろタイ人の聴衆の前でタイ語で挨拶と言うのは初めてだった。
いや、それが最初で最後。
タイ人の司会者からは「タイ語が上手」と褒められた(お上手?)。
(いや、本当はナーラック「可愛い」と言われた。声が可愛いのか顔が可愛いのかどうでも良いが…。)
総領事も我が家に招いた時、「タイ語が上手いから文字を覚えろ」と言われた。
そして「私は公邸で畑仕事をしてるから君も庭に畑を作れ」と。
歩行者天国では皆で日本料理を売ったり…。
あの頃が一番楽しかった。
今もその通りに在るホコテン実行委員長のレストランの前を通る度に思い出す。
其処で水掛け祭りの時は水桶を借りて水掛けもした。
その通りは毎年水掛け通りとして盛り上がる。
その通りには日本人のラーメン屋が以前在って、其処でも水掛けをした。
今と成っては全てが懐かしい。
今年も水掛け祭りの日が近付いて居る。
さて、今年は年寄りの冷や水と成るのか。
いや、プールで大人しく浸かってる方が良いだろう。
喫茶店を出ると、もう真夏だ!



今日の朝食


さて、今夜は冷うどん。
いつも美味しい料理をありがとう。