チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで16年。日々の暮らしを綴ります。

残された人生をどう生きるか

いよいよ自叙伝も書く事が無く成ったので他の事を書くとしたら残された人生をどう生きるかと言う事。
唯、もう今更気楽に生きたいと思うのだが、どうしても捨て切れないのが自分が共産党員であったと言う事。
それが果たしてどう言う意味が有ったのかがどうしても気に成る。
個人的には色んな経験が出来て良かったと言う面は有るが、果たして社会的にどうだったのか。
勿論、党員の時は世の為、人の為と思って一生懸命だったのだが、晩年、疑問が生じた。
退職して時間の余裕が出来て、今までをゆっくり振り返る事が出来た。
党員の時は常に突撃ラッパで思考停止して居たのかも知れない。
それで今まで読まなかった立花隆の「日本共産党の研究」を読んで見た。
他にも色んなYOUTUBEを見る様に成って、段々と違う考えが芽生えて来た。
いや、疑問は前から有った。
例えば野坂参三と言う議長までした人が晩年スパイと言う事で追放された。
勿論、今まで委員長経験者も何人も追放されて居る。
こう言う組織の性質上、こう言う事は避けられないものだと思って居たが、例えば不破委員長も書記局長に抜擢される前は宮本委員長に批判され、自分の著書を自己批判させられてから登用された。
今、共産党で随一の理論家と言われて居る不破さんが自説を曲げたと言う事が腑に落ちない。
そんなに優れた理論家なら宮本委員長の方が間違って居たのではないか。
宮本委員長は決して優れた理論家と言うよりも、獄中で節を曲げなかったと言う点で尊敬された。
今から思うと本当に獄中でどれほど頑張ったのかは疑問が残る。
例えば最後まで抵抗を貫いた小林多喜二は惨殺されて居る。
因みに、不破さんが批判された著書は後で副委員長と成った不破さんのお兄さんの上田耕一郎との共著だった。
そして、前委員長の志位さんも東大の学生の運動を分派活動として処分してから宮本委員長に抜擢された。
今、正に分派活動が全国的に生じる前触れの様な気もする。
宮本委員長も国際派と言う小派閥に属して居た。
若し分派活動がご法度なら、宮本委員長の今日は無いのでは無いか。
情勢の変化を理由にするなら分派活動の是非も変化するのか。
一方では戦前の党が幼稚で戦後の党が本物と言う考え方も有る。
詰まり宮本委員長の元で大きく成ったと言う考え方も出来る。
しかし個人云々で論じるのは観念論的で、唯物論としては社会情勢が其れをもたらしたと考えるべき。
そして今また党は衰退の一途。
現に党員も赤旗読者も減って居る。
まあ、今と成っては分からない事だらけだから、それを持ってどうこう言う積りは無い。
少なくとも疑問だらけと言う事だ。
唯、今と成っては今更色んな書物を紐解いて調べ直す気力も時間も無い。
従って自分が納得出来る主張を探して自己満足するしか無い。
所詮、年寄りの世迷言の範疇を出ない。
それでも此れに結論を得ずして安眠は出来ないから暫く此れに取り掛かる事にする。



クーラーに当たってベッドでゴロンとして居たら安楽だ。
動きたくも無い。
それでもブログを書く為に喫茶店へと向かうのは何故か。
ブログを書いて得られる機能快楽か。
創作意欲か。
ブログ順位を下げたく無いと言う自尊心からなのか。
何もしない老人には成りたく無いと言う焦りなのか。
若しかしたらメロンスムージーを飲んで、生きてる事を実感したいのかも知れない。
いや多分、毎日喫茶店で戯れて、充実した人生を過ごして居ると錯覚したいだけだろう。



一つ忘れて居た。
唯一の常連客の私が行かなければ潰れてしまうのではと言う懸念。
いや、潰れないまでもおばさんが可哀そう。
昨日も私が行くのが遅かったせいか、客席で寝て居た。


今日の朝食


さて、今夜は肉ジャガ。
いつも美味しい料理をありがとう。