チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで16年。日々の暮らしを綴ります。

追記(その5)(自叙伝補足)ー帯状疱疹後神経痛ー

歳を取れば肩が痛く成ったり、腰が痛く成ったり、はたまた痛風に成ったりと、体のあちこちに不具合が生じるのも致し方無いものだが、初期症状が出ても全く予想も付かない病気で在ったり、長く生きてる割に知らない病気だったりして、手遅れに成る事も在るものだ。
私の場合は帯状疱疹と言う病気に罹り、その病気を全く知らなかったので治療が手遅れと成り、帯状疱疹後神経痛と言う不治の病と成った。
帯状疱疹と言うのは子供の頃、水ぼうそうに罹った人が、水ぼうそうが治った後もウィルスが死ぬ事無く体の中に残り、それが老年と共に抵抗力が衰えた時に発症する病気。
そして、それは近年若い人でもストレスの蓄積などに依り発症する事が増えて居るそうだ。
帯状疱疹自体は激痛を伴う場合で在っても、治療が適切で在れば問題無く完治すると言われて居る。
唯、初期症状は人に依り千差万別で、激しい時ほど医者に駆け込むので早期治療が行われて事無きを得るのだが、逆に余り激しく無い場合は医者に行くのが遅れて取返しの付かない事に成る。
初期症状は顔や腕、そして腹や背中など、人に依って様々で、しかも単なる痒みや赤身または水膨れなど、他の病気と勘違いして手遅れに成る人も多い様だ。
特徴は体の左右片側だけに現れると言う事。
私の場合は最初、腰痛として現れ、接骨医に駆け込んだところ、それなりの治療を施され、症状は軽く成らなかったものの、続けて其の医院に行き、手遅れと成った。
腰痛の3日目に左足に赤い発疹が出て来て、妻がスマホで調べて帯状疱疹では無いかと言ってくれたのだが、私はその病を軽く見て居た。
それで其の接骨医も帯状疱疹の疑いも有ると言って居たので、再び其の医院を訪れた。
てっきり其の治療法を知って居ると思ったのだ。
ところが実際には其の医者は適切な処方を知らずに別の薬を処方したと言う訳だ。
本来、皮膚科に行って居れば適切な処方をされたはずなのだが…。
必要だったのは「アシクロビル」と言う水ぼうそうウィルスに効く抗ウィルス剤。
薬局にも売って居る。
その抗ウィルス剤を赤い発疹の発症後3日以内に服用しなければ、ウィルスが増殖して間に合わないとされて居る。
その後、私は大変な苦痛と共に生きる事に成るのだが、その病の恐ろしさを知ったのは、ずっと先に成ってからだった。
つまり、帯状疱疹から帯状疱疹後神経痛へと進んでしまった。
その内治るだろうと思って居たが、既に手遅れだった。
あの時、病院に行って居ればと思う事しきり。
元はと言えば、言葉の通じないタイの病院は敷居が高いと言う事だ。
インフォームドコンセントの進んで無いタイの医療界にも良い印象は持って居なかった。
これが日本なら直ぐにでも町医者に掛かっただろう。


(つづく)



さて、今日もいつもの喫茶店が休みなので昨日の喫茶店に行ったら、何と其処も休み。
仕方が無いので近くのいつものプールに行った。
久し振りに行くと少しだけ前より冷たさがましに成って居た。
唇を水に浸けながら水の中を歩くと、回りの木々の緑が目に入り、つくづく幸せに思う。
水の吹き出し口に近づくと何か魚の腐った様な匂いがした。
唯、それが何故か海の匂いを思わせ、逆に嬉しかった。
本当に毎日こんな環境でいいのだろうか。
僅か70バーツ(≒280円)。

知らぬ間に2時間が過ぎて居た。



その後、輸入食品店で冷凍うどんを2種類買い、MAKROスーパーでも違う会社の冷凍うどんを買った。
そしてお気に入りの市場にも寄ってタイメロンを購入。



冷凍物を家に置いて近所の新しい喫茶店へ。



今朝はどう言う風の吹き回しか、妻がパンを焼いてくれた。


唯、昼に少し腹が減ったので味噌汁。


さて、今夜は豚ステーキ。
いつも美味しい料理をありがとう。