チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで16年。日々の暮らしを綴ります。

2024年3月のブログ記事

  • 残された人生をどう生きるか

    いよいよ自叙伝も書く事が無く成ったので他の事を書くとしたら残された人生をどう生きるかと言う事。 唯、もう今更気楽に生きたいと思うのだが、どうしても捨て切れないのが自分が共産党員であったと言う事。 それが果たしてどう言う意味が有ったのかがどうしても気に成る。 個人的には色んな経験が出来て良かったと言... 続きをみる

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  • 追記(その8)(自叙伝補足)ー父のことー

    父の思い出は高3の時に亡くなったので母ほどは多く無い。 誇りに思えるのは正義感が強く、人に優しいと言う事だった。 だから保険の外交員のおばちゃん達に人気が有った様だ。 掛け捨てで無い保険も自分が始めたと自慢して居た。 共栄火災海上保険。 今は何処も掛け捨てでは無いだろう。 警官・軍人だった事も在っ... 続きをみる

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  • 追記(その7)(自叙伝補足)ー母のことー

    少し母の事を思い出した。 父の遺産で宇治に安アパートを買ったのだが、車を買うまでは毎月の集金に母をバイクの後ろに乗せて通った事も有る。 それから電車で通った事も。 何故か懐かしいあの頃。 最後の方は借家人も少なく成って居た。 2階建てで全8軒位の内1-2軒だった様に思う。 家賃は幾らだったか覚えて... 続きをみる

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  • 追記(その6)(自叙伝補足)ー帯状疱疹後神経痛(2)ー

    女に金を盗られるのは自業自得。 帯状疱疹で痛い目に合うのは運が悪い。 敢えて運が悪いと言って置こう。 自分が悪いのでは無い。 強いて言えば直ぐ病院に行かなかったのは自分が悪いと言えなくも無い。 最初に腰が痛く成ったので接骨医に行った。 そこで医者は帯状疱疹の可能性も有ると言った。 だからその医者が... 続きをみる

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  • 追記(その5)(自叙伝補足)ー帯状疱疹後神経痛ー

    歳を取れば肩が痛く成ったり、腰が痛く成ったり、はたまた痛風に成ったりと、体のあちこちに不具合が生じるのも致し方無いものだが、初期症状が出ても全く予想も付かない病気で在ったり、長く生きてる割に知らない病気だったりして、手遅れに成る事も在るものだ。 私の場合は帯状疱疹と言う病気に罹り、その病気を全く知... 続きをみる

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  • 追記(その4)(自叙伝補足)ー日本人会の頃ー

    明るい話と言うほどでは無いが、私が日本人会の会長に成った頃の話。 入会1年目くらいで会長に成ってしまった。 移住後2年目くらいの話だ。 毎年11月に領事館主導のランナージープン交流祭と言うのが有って、会としては初めて「日泰ゴルフ大会」をした。 日本人側が足りないのでチェンマイの日本人にも来て貰って... 続きをみる

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  • 追記(その3)(自叙伝補足)ー追憶の日々ー

    今まで在住の方の死に何度も巡り合って来たが、これからもまた何度も立ち会わなければ成らないのだろう。 川仇さん、高田さん、田中さん、新井さん、湯浅さん、八木さん、井上さん、鈴木さん。 何だか日本に居る時より知人の死に巡り合う事が多い様な気がするが、自分が歳を取ったと言う事か。 唯、日本人会員外の方で... 続きをみる

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  • 追記(その2)(自叙伝補足)

    昨日で自叙伝は終わりにしようと思って居たのだが、もう一つ忘れて居た事が有る。 と、此処まで昨日と同じフレーズに成ってしまった。 と言うのも自叙伝を辞めると何を書いて良いのか分からない。 それでもう一度だけ続ける事にする。 妻と日本で過ごした10年間。 毎週土日には琵琶湖に行ったり温泉に行ったり目一... 続きをみる

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  • 追記(自叙伝補足)

    昨日で自叙伝は終わりにしようと思って居たのだが、もう一つ忘れて居た事が有る。 それは私の心にいつまでも離れない想い。 新採時に盲学校の学校事務に配属された同期の人が居た。 彼は関大だったか近大だったか忘れたが、とても大人しい控え目な人だった。 同期会で一番気の合う人だった。 私も大人しい性格だった... 続きをみる

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  • 最終回(自叙伝補足)

    昨夜は結構雨が降ったので、今日はクーラーを付けずともとても涼しかった。 でも喫茶店に行かないとシャンとしないので出掛けた。 珍しく屋根の駐車場がいっぱいに成って居た。 暫くすると客が出て行ったのでメロンスムージーを一息飲んで車を停め直した。 (昨日のつづき) さて、自叙伝もいよいよ書く事が無く成っ... 続きをみる

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  • 家族の事(その3)(自叙伝補足)

    (昨日のつづき) 嵯峨野に親戚が在った。 母の姉の家。 その家に行くと不思議な木の匂いがした。 他の所には無い匂い。 出来る事ならタイにも植えて嗅ぎたいところだ。 何の木か今では知る由もない。 伯母も母も亡くなった。 二つ違いの従兄とはよく喧嘩した。 でも直ぐ仲直りして一緒に遊んだ。 伯母家は後年... 続きをみる

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  • 子供時代(自叙伝補足)

    (昨日のつづき) 小学生の頃はビー玉やメンコでよく遊んだ。 家の前は未だ舗装して無かったと言う事に成る。 メンコは油に浸した少し大きめのメンコを持って居た子が居た。 中々捲れ無かった。 でも捲ったら自分の物に成るので必死に成った。 紙芝居もよく来た。 5円だったろうか。 1円だったろうか、よく覚え... 続きをみる

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  • 家族の事(その2)(自叙伝補足)

    (昨日のつづき) 父は警察官だったので軍隊では憲兵に成った。 少し徴集が遅かったので年を取って居て辛かったそうだ。 唯、頑張ったので2階級特進で上等兵に。 心臓が悪いので兵役で無理をしたのだろう。 南方のジャングルの水中の行進で傷めたのだろうと思って居たが、満州だった。 引き揚げの時は憲兵は真っ先... 続きをみる

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  • 家族の事(自叙伝補足)

    (昨日のつづき) 人事異動は3年若しくは5年と言われて居た。 府税事務所は基本3年で動いて計9年だった。 植物園は5年だった。 家から車で5分。 近過ぎてマフラーが傷んでしまった。 温まるまでに着いてしまうのでマフラー内に蒸気が残るのだ。 概して近くの勤務地が多かった。 資料館も5分。 府庁も10... 続きをみる

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  • 府税職場の頃(自叙伝補足)

    (昨日のつづき) 学校から同じ時期に教育局に異動して来た者は私より先に他に異動した。 私は其のまま支部の執行委員で留まったが、新しく来た者が分会長をした。 私より少し年下の京大卒だった。 彼はバトミントンが好きで、よく私を誘ってくれた。 管内の学校の体育館を借りた。 その学校から教育局に異動して来... 続きをみる

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  • 妻との出会い(自叙伝補足)

    (昨日のつづき) 最初の勤務地の学校事務の5年間は1日も年休を取らず、何かそれが美徳の様な事務所の雰囲気だった。 次の教育局の時代は組合役員をしたと言う事も在って、権利に目覚め、体制に反抗する様に成った。 役員仲間とよく飲みに行った。 その後も付き合いが続き、結婚式の司会を頼んだ。 府職労現業議長... 続きをみる

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  • 大学時代(自叙伝補足)

    (昨日のつづき) そう言えば今まで随分と本を捨てて来た。 受験参考書の赤尾好夫の英語の綜合的研究、矢野健太郎の難問解法のテクニック。 今では何の役にも立たないがもう一度見てみたい。 予備校の世界史の教科書が分厚くて、余計に成績が悪く成ったのだが、 今読めば教養が身に付く良い本かも知れない。 それら... 続きをみる

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  • 振り返り(自叙伝補足)

    (昨日のつづき) さて、急ぎ足で書いて見たが、思い出した事が他にも有る。 これから所々補足して行きたい。 時間は有り余るほど有る。 まず小学校4年位だったかソロバン教室に通った。 嫌だったが、あの独特な部屋の匂いは今思うと懐かしい。 3級に成っても暗算が苦手だった。 今から思うと習字教室に通わせて... 続きをみる

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  • 復縁(自叙伝)

    (昨日のつづき) もう、妻の作ったカレーが食べられないのかと思うととても悲しかった。 唯、お手伝いさんが居たので生活は困らなかった。 今思うと妻はそれも見越して居たのではないだろうか。 それから時が経った。 実はその間、妻が家を売りたいと言うので、隣家に風呂を作るなど増改築しようと思った。 それで... 続きをみる

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  • タイ移住後(自叙伝)

    (昨日のつづき) 日本人会の役員会を隣家で行う様に成った。 実は来客様に隣りに同じ建て売りの物件を買ったのだが、一向に日本からの来客が無い。 遊ばせて置くのも勿体無いので日本人会の事務局にした。 事務局と言っても備品を置く位で、立派な看板は掲げたものの来客が無い。 それで役員会の場所にした。 レジ... 続きをみる

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  • タイ移住を決断(自叙伝)

    (昨日のつづき) さあ、これからは自由にタイに行けるぞとはやる気持ちを抑えたが6月末には飛び立った。 今から思うと母を残してと言う選択肢も有ったのではと思う。 長年共に暮らして来たから離れる事は考えられ無かった。 一緒に移住しようと言うと母は激しく抵抗した。 しかし母を1人置いて行く事には不安が有... 続きをみる

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  • 府税事務所から保健所へ(自叙伝)

    (昨日のつづき) 次の勤務場所は田舎の保健所だった。 狭くて急峻な峠を二つ越えて行くので車を買い換えた。 お陰で首が痛く成ったが、異動すると直ぐ治った。 やっぱり通勤のせいだと分かった。 他の峠を峠とも思わなく成った。 今はそれぞれ京都市と南丹市に統合されてる京北町と美山町が管轄。 40分掛って着... 続きをみる

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  • 教育委員会から知事部局へ(自叙伝)

    (昨日のつづき) 異動希望を出して置いたら次の異動先は植物園だった。 何故教育委員会から知事部局に成ったのかは分からない。 教育委員会と知事部局との人事交流は少ないのだ。 本庁に異動後、組合役員はしなかったが、教育委員会から植物園に変わると分会長兼支部書記次長に。 植物園の職場は組合については素人... 続きをみる

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  • 本庁での仕事(自叙伝)

    (昨日のつづき) 本庁では総務課調査広報係の調査担当で「学校基本調査」の内の「卒業後の状況調査」を担当した。 京都市立を除く府内の全公立小中高の事務員を集めて、調査の説明会などもした。 元の職場の懐かしい先輩事務員の顔も在った。 説明会にはいつも京都市の担当者も臨席して親しく成った。 (京都府は政... 続きをみる

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  • 京都府に採用(自叙伝)

    (昨日のつづき) ところが採用の内示前に「障害児教育に興味は有りますか?」と電話が有った。 私はびっくりして「普通教育がいいです」と答えた。 すると勤務場所は高校の事務だった。 「これは詐欺だ!」と言って辞めた者も居た。 (現在、募集案内は学校事務は別に成って居る。) 私は辞める勇気など無かったの... 続きをみる

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  • 誕生~大学時代(自叙伝)

    (昨日のつづき) 私は1949年に京都府瑞穂町で生まれ、父が保険の代理店をして居たので府内の福知山市に住んで居たが、3歳の頃同じく府内の八幡市に転居。 福知山市では隣家が市長さんの家と言う位しか覚えて居ない。 母は近くに音無瀬橋が在ったと。 八幡市では八幡宮の裏から下りて直ぐの所だった。 他には家... 続きをみる

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  • 半年振りのブログ

    もう、駄目かと思った。 「半年後は人工透析に成る可能性が高い。」 腎臓の医者にそう言われて、目の前が真っ暗になった。 それで原因を考えて見ると、以前見たYOUTUBEを思い起こし、 帯状疱疹後神経痛の鎮痛剤と、糖尿や高血圧やら何やらで、毎食10錠位飲んで居たのが原因ではと思い、心臓の医者から貰った... 続きをみる

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