傲慢
そもそも日本の為だとか、国民の為だとか、利他は利己であると言う事を自覚するなら、傲慢で実に上から目線な事だ。
小学校の恩師の教えも「正直・努力」と言う事で、他人の為と言う教えでも無い。
父の教えも「コップに溢れる水の分だけ他人の為に」と言うものだった。
此処に来て、自分の事で精一杯に成って初めて、他人の為どころでは無いと言う想い。
そもそもどうして「善」とか「良心」とかを追い求める様に成ったのだろう。
利他は気持ち良いと言う感情が青年の頃には素直に心の中に入ったのだろう。
もっと自分本位に生きれば楽だったろうになどと何時も考える。
幼児期の何かの出来事が「愛他主義」を強烈にさせる何かが有ったのだろう。
もっと自分本位に考えれば、今までの反国民的生き方を其れほど忸怩たる思いで過ごす事も無いだろう。
これからどう生きようが世の中にそんなに影響を与えるものでも無いし、そもそもそんな考え自体がお人好しだ。
もっと自由に!
もっと気楽に!
それで良いのだ。
凝り固まった人生を解き放とう!
今日の朝食

今夜は海鮮丼。
いつも美味しい料理をありがとう。

今日はこんなYOUTUBEを見て居た。