チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで10年が経ちました。日々の暮らしを綴ります。

タイに住んで10年(其の2)

退職をするまでは、チェンマイがいいな何て思って居た。
退職してから、タイ行きを現実のものとして、妻と話して居ると、
チェンマイは、彼女の念頭には無い事が分かって来た。
そして、タイ行きがいよいよ近づいて来ると、
もうすっかり、チェンライしか有り得ないと言う暗黙の了解になって居た。
別にチェンマイでなけりゃならんと言うほどでも無かったので、
私もやっぱり彼女の実家が有る所が妥当だと思う様になって居た。


そして、渡タイして、久し振りに彼女の実家に訪れて見ると、
夜などはしみじみ田舎だなあと言う実感が沸いて来た。
朝も鶏の声で目覚めた。
彼女も当然の様に、此処には住め無いと言う風だった。


そして、市内の何処かに家を借りなければと言う事で、早速家探しが始まった。
私の食べられるものが無いから無理だろうと、彼女が直感したのでは無いだろうか。
当時、私の口に合いそうなものは、メリケン粉を揚げたお菓子の様なものしか、
売って居無かった。


実家のトラックで60キロほど有る市内に出掛けた。
トラックは母の乗り降りが大変で、
取り敢えず先に車を買おうと言う事になった。


ホンダのディーラーに行くと、納車は1カ月と言われた。
トヨタやニッサンにも行ったが同様だった。
マツダに行った処、店頭のものを乗って帰れると言う事だった。
本当に店頭のものかどうかは忘れたが、結局、翌日購入出来た。


最初は借家を探して居たのだが、
何度も後一歩で契約と言う処まで話が進んだのだが、
最後の処でいつも破談になった。


もう最後の手段で、GoogleマップでBig-Cの近くに団地らしきものが有ったので、
其処に行って見ると、空き地にポツンと一軒建って居て、看板がぶら下がって居た。
何やら胡散臭い匂いがしたが、電話をして見ると、近所の大家が飛んで来た。
娘の為に建てたが、もう帰って来ないので、売りに出して居るとの事だった。
中を見てみると未だ新品の様で、外見も新しかったので、半信半疑ながら話を進めた。


大家は何処かの病院の看護婦で、団地の地主である事も分かった。
タイでの不動産取引は始めて経験したが、
登記所に行って、受付の人に書き換えを申請して、整った段階で役所の人が
「もう、終わりましたか?」と聞いて来る。
つまり、その間、契約者同士で金(小切手)の受け渡しを膝の上でして、
終わって居れば、「OK」の返事をする。
其処で売り手が了解の合図をしなかったら、破談になるのだ。


余談だが、金を受け取って、そのまま逃げればどう言う事になるのだろう。
役所の人は、逃げた方を疑い、そのまま新しい謄本をくれるのだろうか。
いや、逃げずに「未だ貰って無い」と主張すればどうなるのだろう。
まさかその場で身体検査をする訳にも行くまい。
「奥の方へどうぞ」と言う事になるのだろうか。
まあ、裁判でもされたら地主の評判は失墜して、普段の生活にも支障が出るだろう。


随分話が脱線したが、兎に角そうやって家を取得した。
(つづく)



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