チェンライの日々

タイ(チェンライ)在住9年です。日々の暮らしを綴ります。

何不自由無い年金生活(其の2)

退職した頃の事を思い出した。
其の頃、世に年金者組合と言うものが在った。
勿論今でも在ると思うが、現役の頃は組合活動をして居たので、其の年金者組合なるものとは、いささか関りが在った。
国民運動の際には、よく共闘したからだ。
しかも組合活動をされて居た職場の先輩達も、退職後其の団体によく入られて居た。
だから、地域での国民運動の際には、懐かしい顔とよく再会した。
私は退職後、直ぐ渡タイする予定だったから、加入する事も無かった。
話は本題から逸れたが、要するに、年金者組合とは、退職後の人達が、より良い生活を求めて団結し、国などに物申していく団体だ。
世の中にはそう言う団体が在ると言う事。 


さて、日本では年金だけで暮らしていくには、物価の高さや貰う年金の低さなどで、かなり厳しいものがあると思う。
マンションやアパートなどの所有があれば、楽に暮らして居る人もあると思うが、どこか会社の共働きでもして居なければ、退職後は中々厳しいはずだ。
そう言う人の事を勝ち組とか言うらしいが、このチェンライでも、勝ち組とか負け組とか言う言葉を使う人が居る。
年金の少ない人を負け組と言うらしい。
国民年金だけでは、さすがこのチェンライでも厳しいのではないかと思う。
でもそう言う人も当然の事ながら居られる。
鶏を飼って、普段は味噌汁と玉子だけらしい。
それでも、野菜や果物は安くて豊富に有るので、暮らしていけなくは無い。
バナナやパイナップルなど、美味しくて安い物は山ほど有る。
スイカや胡瓜など、日本と比べると驚くほど安い。
唯、青首大根はそうで無い大根と比べると値段は高いなど、品種によっては高くつくものも有る。
と言っても日本の3分の1位の価格だろうか。
厚生年金の有る人は、比較的楽だろう。
でも、贅沢をすると、たちまち貯畜は減っていくだろう。
私の場合も、以前は母が居て、二馬力だったのが、母が亡くなり、途端に一馬力となり、贅沢が身に付いて居たから、大変だった。
でも徐々に、賢く消費する術を覚え、今では、冷蔵庫5台に、冷蔵・冷凍食品を満載して、磐石の体勢?を敷いて居る。
すき焼・天ぷら・豚カツ・ハンバーグ・カレー・コロッケ・鮭・ブリ・鯖・蛤・おでんなど数え切れ無い料理を、常時冷蔵・冷凍して、いつでも食いはぐれの無い様に、整えて居る。
と言うのは、鮭でも一匹づつ焼いて居るのは、手間が掛かり、しかも、丸一匹買うほうが安いのだ。
そして、色んな料理を保管して置くと、好きな時に好きなだけ食べられる。
勿論、天ぷらなども電子レンジで温めるのでは無く、ノンフライヤーと言う武器を使う。
それなりに初期投資が必要だ。
それで、パソコンに食べる順番を書いて置いて、飽きない様にローテーションするのだ。
お陰で妻は楽々、女中さんも楽々と言う訳だが、問題は、妻の料理の腕が拙いと成り立たない。
ここで自慢だが、妻の料理は天下一品。
初めて来日した時は、冷や奴の上にジャムを載せたものが出された。
傷つけ無いように笑って食べたが、それが1-2年もしない内に、あれよあれよと母の上を行く様になって、黒豆の煮物なども、日本人がビックリする位の出来映えとなった。
それも其のはず、私が働いて居る昼の間に、京都市内をグルメ旅行して居たのだ。
お陰で、京都市内で妻の料理より美味しい店は、行列の店だけとなった。
だから、日本語を習って居た国際交流会館で、食のイベントがあれば、妻の店はいつも行列の店。
いつも午前中で売り切れ。
まあ、我田引水の自慢話はこれ位にして置いて、女中さんも、妻のマネをすれば、普通に食べられる。
ミャンマー人は日本の食文化を吸収しやすいのか、はたまた素質が有るのか。
料理だけは、努力も要るが、素質も要る様に思う。
難しい料理は妻が、そうで無い料理は女中さんがと、分業が進んで居る。

最近では、妻の作る胡瓜揉みよりも、女中さんの作る胡瓜揉みの方が、口に合う様になって来た。


昨日の朝食 蛤の吸い物ぶっ掛けご飯と焼き鮭

昨日の昼食 サッポロ味噌ラーメン(日清の即席ラーメン)

昨日の夕食 おでん


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