チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで10年が経ちました。日々の暮らしを綴ります。

ブランデーとウイスキーのミックス

昼飯を喰う時にふと思った。
何んか凄い充実感と凄い空虚感が混ざり合って居る様な、
いや、交互にやって来る様な、
そんな繰り返しを毎日過ごして居る様な、
そんな日々が過ぎて往く様に思った。


老い先短い人生だから、何でもやってやろうと、
ウイスキーのソーダ割りにブランデーを試しに入れて見た。
予想も付かない味になった。
それがいいか悪いかは、後2-3回飲んで見なければ、結論が出ない様な味だ。
そんな贅沢は1回限りだと思って居たが、
余りにも予想外な味だったので、
後2-3回は試して見たくなった。
そして、このフレーズを忘れない為に、
慌ててパソコンを打ちに来たのだが、
一口しか飲んで無いのに、もう回って来た。


再び食事を始めて、もう一度飲んで見ると、
今度は分かった。
ブランデーの香りとウイスキーの甘さが打ち消し合って、
中性の様な、
よく言えば、ブランデーのキツい香りとウイスキーの濃い味が苦手な人は、
マイルドになっていいかも知れない。
唯、私はブランデーのキツい香りとウイスキーの甘さが好きだから、
やはり別々に飲む方がいい様に思う。
唯、そうは言っても、初めて生姜湯を飲んだ時の様な新鮮なショックを受けたから、
明日もまた飲むかも知れない。


チェンライ花博の写真のつづきです。


友人と我が家で飲み会

ガムを噛んだまま寝てしまったら、口がおかしくなった。
歯を磨いてうがいをして、冷たいお茶をガブガブ飲んだら少しは直ったが、
まだ胃の中がもたれてる様な感じだ。
それと言うのも、夜中に目が覚めて、
あられを摘みにブランデーやらチューハイを飲んで、
歯を磨くのが面倒臭かったから、ガムを噛んだら、そのまま寝てしまったと言う訳だ。
それと言うのも、久し振りの友人達と我が家で飲み会をして、
まだ飲み足らなかったから、独りで夜中に酒を飲んでしまったと言う訳だ。
まあ普段の生活が如何に自堕落かと言う事だ。
誰も諌める者がいないので、このまま早死にしても仕方が無い。
いや、したい様にしてストレスフリーだから、長生きするかも知れない。



チェンライ花博の写真のつづきです。


また一人

また一人、在住の日本人が亡くなった。
彼とはもう5年ほど会って居なかった。
以前はパソコンを買う時に面倒を見てくれた。
それから後、時折デパートで会う事は有ったのだが、
何故かよそよそしい感じがしたので、深く会話を交わす事も無かった。
唯、奥さんは会えばいつもニコニコされて、
私の知る限り、タイ人妻の中では最も愛嬌の有る人だったと思う。
ああ言う人と暮らされて、さぞかし幸せだったろう。
恩有る人なので告別式には行きたいところだが、
顔を合わしたくも無い人が恐らく来ると思うので、
告別式にも行けない。
結構狭い世界となって居る。
これも私の不徳の致すところだ。
深く付き合うとハレーションを起こす事が有る。
浅く付き合って居れば何の問題も無いのに、
ついつい深く付き合いたい性分なのだ。
遠く離れた異国の地で、出来る事なら昵懇に付き合いたいと思うのだが、
思わぬところでハレーションが起きる。
一度起きると中々元には戻り難い。
だからもう浅く付き合おうと思って居る。
今更この地で親友を得るなどと言う事は到底出来ない話だ。
日本でさえ親友と言えるほどの友人は居なかった。
茶飲み友達さえ出来れば、それで良しとして置こう。


チェンライ花博の写真のつづきです。


この先何年?

朝5時に目が開くと、部屋の温度は24度。
布団を蹴飛ばしても寒く無い。
早く朝ご飯を食べたいから、早く夜が明けないかなと思いながら腹を摩ると、
まだ食べるには少し早いと言ってる様な太鼓腹がそこには有った。
それにしてもこの暖かさは有難い。
真冬の5時でも24度。
このまま何歳まで生きられるのだろうか。
90歳まで生きられるとしたら、後20年。
後20年で死ぬ様な実感が無い。
この10年を振り返ると、
坂道を転がり落ちる様に老いて来たが、
この先10年はまだまだ元気で居られる様な気がする。
20年と言うとそんなに長くは無い。
あっと言う間にやって来る様な気がする。
まあしかし、老いは間違い無く進んで行き、
後10年先には、もういつ死んでもいい様な気になって居るかも知れない。
唯、母が死んだ96までは生きたいとも思って居る。
そこまで生きたらもう悔いは無い。
そこでぽっくり逝けたら、こんな有難い事は無い。
そんなに上手く行くだろうか。
母は幾つかの不幸が重なって、90以降は急にガタが来てしまった。
私は母の二の舞をせぬ様に慎重に生きたいと思って居る。
いや、誰しもそう思って居るだろうが、そうは問屋が卸さない。


チェンライ花博の写真のつづきです。



私の原風景

タイに住んで居るせいか、
時々日本の事が懐かしく思い出される。
そして、私の原風景は何だろうと思い巡らす事も有る。

私の原風景と言えば、それは京都府船井郡和知町の母の実家の里。
小学生の頃は、毎年夏休みに訪れ、
都会っ子の私は、思いっ切り田舎を満喫して居ました。


私の原風景(和知の家から見える向かいの山)


そんな事を思い浮かべさせてくれたのは、
とても素敵な絵を書かれる方のブログを拝見したからです。
そこには童話の世界の様な、
子供の頃に持って居ただろう夢、気持ち、心を思い起こさせる絵が書かれて居ました。