チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで15年。日々の暮らしを綴ります。

府税職場の頃(自叙伝補足)


(昨日のつづき)


学校から同じ時期に教育局に異動して来た者は私より先に他に異動した。
私は其のまま支部の執行委員で留まったが、新しく来た者が分会長をした。
私より少し年下の京大卒だった。
彼はバトミントンが好きで、よく私を誘ってくれた。
管内の学校の体育館を借りた。
その学校から教育局に異動して来た者が居たのだ。
知事選の時は票読みの点検を私が彼にしたが、毎日するので、「毎日増える訳無いでしょう」と彼は泣き事を言った。
後に彼は税務課長と成り、知事公室長に成った。
彼が税務課長の時、私は府税支部の執行委員で、支部役員全員が一番前に座って彼と交渉する。
その頃の私は心臓に毛が生えて居て、居眠りをしそうに成る。
と言うのも、支部長が殆ど喋り、課長の回答も長々と冗漫だからだ。
交渉後、彼は私に近寄って来て、「お母さんはお元気ですか」と。
そう言えば、新任の府税事務所長が異動して来た時「赤旗を取れ」と迫ったら、「京都民報で堪えてくれ」と。
京都民報は共産党系の地方紙だ。
本部交渉の翌朝は支部役員が交渉の職場報告を時間中にするのが恒例に成って居た。
いつも原稿を用意するのが大変だったが、書記長が「府税新聞」を朝にファックスしてくれるので参考にした。
窓口担当は来客が有れば対応するが、来客者は「何やってんだろう」と奇異に思ったかも知れない。
電話が掛れば皆机の下に屈んで対応した。
次長や課長にも「府税新聞」を配るので、「フムフム」と読んで居た。
そう言えば、同じ係に反主流派の組合のボスが異動して来た。
交渉報告の時は妨害されるのではと
冷や冷やして居たが、結局何も無かった。
他の人の話では彼は私を尊敬して居たと。
定期大会ではいつも反主流派とは喧々諤々だった。
それと、職場の課会議の時に係長が「昼窓の支部の見解はどうなんですか」といきなり私に振って来た。
当局の会議なので躊躇した。
組合の意見を言うと組合会議に成るので…。
すると反主流派のボスが「組合さんはどうなんですか」と。
已む無く支部の見解を述べた。
課長は只聞くだけだった。
統合前の事務所は小さく、昼は収納係が交代で対応して居たが、その際、他の部分はカーテンを閉めて居た。
大きな事務所に成ると、カウンターが長くてカーテンも無く、仮に有っても一々閉めるのも大変。
其処でカーテンは閉めないと言う方向だった。
仮に開けて居てもガランとした部分が大部分なので、昼休みと言う情景は歴然として居る。
唯、弁当を席で食べてる者も居るので来客者から見えれば何か言われる可能性は在った。
そう言えば区役所はどうして居るだろう。
何だか遠い昔の話の様な気がする。


話が直ぐ府税の話に成ってしまうが、やはり一番長かったせいかも知れない。
夢も殆ど府税の夢が多い。
ストレスも多かったが、組合でも色んな経験をした。
最近漸く現役の時の夢は減って来た。
今は家族の夢が増えた様な気がする。


(つづく)


市場


ところで今日は或るYOUTUBEを見て今更ながら愕然とした。
WHOの会議だが、出席国が3分の1ほどで定足数を確認しないで決議して居る。
出席国から異議が出ても、出席国の過半数の賛成でOKだと。
決議の内容は、今後パンデミックが起こった場合、一部の製薬会社が利益を独占して良いと言うもの。
詰まり、今後またパンデミックを起こされる可能性が在る。
日本政府はこの決議を是認する様だ。
まあ、私は今はどうでも良いのだが…。
我がチェンライ日本人会でも定足数無しで成立する。
まあ、どうでも良いのだが…。


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今日の朝食はクィッティアオ(うどん)。
ちょっぴり辛い。


さて、今夜はうな丼。
いつも美味しい料理をありがとう。