チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで15年。日々の暮らしを綴ります。

旅は嫌い?(つづき)

前回「旅は嫌い?」と言う題名で書いたが、
最近、旅行が億劫になって来たと言うのは、
やはり歳のせいだと思う。
旅の醍醐味は、非日常性であって、
それは、家の心地良さとは二律背反するものだ。
つまり心地良さを捨てても、美しい景色だとか、
面白い事を味わうのが、非日常性であって、
それらが常に在れば、それは非日常性では無くなり、
飽きてしまうのだ。
家で常に美しい景色が見られれば、わざわざ遠くまで出掛けて、
別の美しい景色を見ようと思うだろうか。
恐らく、その興味は半減するだろう。
家で常に面白い事を味わって居れば、
更にわざわざ別の面白い事を味わおうと思うだろうか。
いや、面白い事と言うのは、本来続かないもので、
毎日同じ面白い事をやっても、直ぐに飽きるはずだ。
だから、旅が必要になる。
いや、別に旅をしなくても、面白い事と遭遇する事は出来るはずだ。


ところで、芭蕉の「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」。
実は一昔前の私は、この様に生きたいと思って居た。
「充実した人生だった。目を閉じれば、未だ旅をして居る様だ。」
死ぬ間際になって、こう言う心境で死んで行きたいと願って居る。
そして、それは実際に旅をする事によってのみ実現されると言うものでは無く、
普段の生活が、常に自己実現に燃えて居るかどうかなのだ。
私はそう言う観点で、人生の旅をしたいと思う。



昨日のポタリング