チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで10年が経ちました。日々の暮らしを綴ります。

ポタリング(橋梁工事見学)

先週、久し振りにチェンライの外環状線の様なバイパス道路の工事を見に行ったら、
橋梁工事が間も無く完成しそうな気配だったので、
その後の様子を見に行った。
すると、やはり前より大分進んで居て、橋の上まで行けそうな感じだったが、
工事中の看板は出てるし、工事人だけしか居なかったので、
中に入るのを躊躇して居たのだが、
後から来たバイクの人が中に入って行った。
工事関係者かと思って居たら、誰とも喋らず前の方へ進んで行くので、
若しかしたら関係者で無いのかもと思い、
私も恐る恐る入って行った。
すると何処までも進めて、とうとう向こう岸まで行けてしまった。
と言うより、川が全く見えなかったので、
渡り終えてもまだ先に川が有るのかと思いながら進んで行くと、
どうやら見覚えの有る交差点に出て来た。
何だ、今越えたのが橋だったのかと引き返して見ると、遠くの方に川が見える。
そして、それまでの間に、一般の人が普通にバイクで行き来して居た。
もう、私も堂々と写真を撮りながら通る様になった。
そう、タイでは、工事中と言えども、通れる様になれば通ってしまう。
誰も注意する人は居ない。
ロープでも張って置くと、関係車両も一々外さなければならないので、
行ける所は皆平気で行ってしまうと言うのがタイの文化だ。
いや慣習だ。
とは言いながらも私は日本人なので、誰も行って無いと、叱られやしないかと躊躇する。
途中、工事のおばさんが、私の方をしげしげと見て居たが、
一言も注意を発すると言う事も無かった。
何故しげしげと見て居たのかは私にも分からない。
若しかしたら外人だったからかも知れない。
注意する現場監督も居ない。
いや居るだろうが、タイの風習がそうなって居るのか、注意などしない。
それで工事の邪魔かと言うと、実際のところ邪魔にはなって居ないと思う。
若し邪魔になって居たとしても、誰も文句は言わない。
普通の道なら、工事中でも通らないと不便なので、皆必死で通ろうとするが、
此処は新しい道で、わざわざ通る必要は無い。
それでも誰も注意しないタイの文化?が私は好きだ。
日本では有り得ない。
日本は管理社会だから、必ずロープを張って、そこに人件費を割く。
事故が有れば会社の責任が問われるからだ。
タイは自己責任。
どちらが良いだろうか?


橋の向こう側↓

引き返す↓

渡り終えた↓


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