チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで10年が経ちました。日々の暮らしを綴ります。

そもそも結婚とは(つづき)


前回、そもそも結婚とは、いや、夫婦とは何だろうか
と言う事について、社会学的に考えて来ましたが、
今回は、心の問題として考えて見たいと思います。


キリスト教では、誓いや契約と言う言葉で表されて居ますが、
そもそも一緒に居たいと言う願望は、異性としての魅力とか、
人間的な魅力とか人様々でしょう。


唯、異性としての魅力は歳と共に衰えるのでないでしょうか。
人間的な魅力も継続されて居ればいいのですが、
若し、それも無くなった場合、愛着は無くなるのでしょうか。


長年連れ添った夫婦と言うものは、色々な経験を共有し、
代え難い思い出が蓄積されて居るのではないでしょうか。


そして、異性としての魅力が無くなった時こそ、
本当の夫婦の関係になるのではないでしょうか。


それは、母の様でもあり、友達の様でもあり、
そこからが本当の家族として、かけがえのない人に
なるのではないでしょうか。


その時点でそう言う愛着が有れば、強い絆で結ばれた夫婦として
共に暮らして行けるのではと思います。


その時点では、もう経済的な関係云々も、
関係無いのではと思います。


ちなみに私の場合には、代え難い思い出が蓄積されて居り、
母の様に甘えたくもあり、友達の様に大切なパートナーとして、
共に支え合って生きて行ければと思って居ます。



今日の朝食 サンドイッチ


今日の昼食 天ぷらと素麺



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