チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで14年。日々の暮らしを綴ります。

私の苦悩

私の組合活動家としての人生はジャンケンから始まった。
在る地方の出先機関に奇しくも同期の2人が同時に異動で配属と成った。
小さい職場なので新人が組合役員を分担する様に言われた。
1人は其の職場の長で、もう1人は上部機関の組合役員をする事に。
ジャンケンで決めて、最初は私が勝ったので職場の分会長を。
もう1人は各職場から派遣された者で構成する支部役員に。
1年が過ぎて彼と交代した。
私は支部のスポーツ担当と成った。
元々スポーツをやって居たので、スポーツ担当はお手のものだった。
毎年、職場対抗でソフトボールやバレーボール、それに卓球やバドミントンなど、
日頃の運動不足も在って盛り上がった。
そして、京都府全体の支部対抗のスポーツ祭典も年1回在った。
そこで小さい支部ながら全員参加で全体の3位に躍り出た。
私は当然ながらバレーボールで参加し、他の人は他の種目で頑張った。
成績は兎も角、組織人員に対する参加率も得点に成った。
私は殆ど全員が参加する様促したので、参加点が大きくプラスされた。
それ以降異動するまで毎年3位をキープした。
それで私の支部役員としての人気も高まって行った。
そんな中で、革新統一の為の学者・文化人の集いにも事務局員として派遣され、
或る日、地元の共産党市議から入党を誘われた。
元々共産党アレルギーは無かったので、誘われるままに入党した。
それ以降、異動が在ってもほぼ其の先で支部役員と成り、
組合活動家としての経験を積んで行った。
そして、気が付けば、私の人生は組合活動一辺倒の日々と成って居た。
そして、選挙の時は共産党の選挙活動も熱心に行い、
退職後も戦力に成る私は足抜けが難しく成って居た。
だが、私はタイ移住を決めて居たので、何とか足抜けをさせて貰った。
移住後、偶々高市早苗の総裁選立候補記者会見を見て、
立派だったので、一躍フアンに成った。
実はそれまでに共産党の民主集中制に一定の疑問が在った。
私は派閥が在ってもいいのでは無いかと思って居た。
其れで無ければ、一個人の意見は党全体が相手に成るので、
とても太刀打ちは出来ない。
意見の同じ者同士は派閥を作るべきと考えて居た。
詳しい事は一言ではとても言えないので省略する。
それ以降、共産党の戦前の歴史や、ソ連指導のコミンテルンなども勉強した。
それで益々日本の共産党の欠点が目に付く様に成った。
唯、今と成っては、日本の為の運動に成って居たのかどうかを分析した所で、
この歳に成ってどうする事も出来ない。
私が励ました同志が今や国葬反対のデモをして居る。
私は過去の事は忘れる事にした。
どう転んでも取り返しは付かない。
忸怩たる思いで日本の様子を眺めるだけだ。
それもこれも全て私が選んだ人生。
私の胸の内に収めて置くしか無い。
日本から遠く離れた異国の地で、自分のお気に入りのYOUTUBEを上げた所で、
風呂の中で屁をこく様なものだ。



そんな私を癒してくれるのは妻しか居ない。
妻は私を全て包み込んでくれる。


昨日の夜食


今日の朝食



2022.10.11-1軍艦巻き

2022.10.11-2軍艦巻き


さて、今夜は軍艦巻き。
いつも美味しい料理をありがとう。


今日はこんなYOUTUBEを見て居た。



なぜ社会人こそ歴史の学び直しをすべきか?|石川真理子


覚悟を決めた高市早苗 日本を貶めた岸田さんと林さん / 林外相と外務省の愚行を文春がすっぱ抜いた‼【マンデーバスターズ】152 Vol.2 / 20221003