チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで15年。日々の暮らしを綴ります。

夫婦別姓

選択的夫婦別姓について、当初、私も民主的でいいなと思って居たのだが、
或る時期から疑念を持つ様に成った。
ところが、消費税反対闘争を共に闘って来た同志が、どうやら賛成の様だった。
そこで、何故良いのか少し議論をしたのだが、そこで彼が言うには選択出来るからと。
そして、外国もやって居るからと。
しかし、そもそも夫婦別姓が何故良いかを論じ無ければ成らない。
別姓が良いと言う人は、勿論それぞれが別姓を名乗れるのが良いと言う訳だが、
デメリットもよく考えなければ成らない。
即ち、生まれて来る子供はどちらの姓を名乗るかと言う問題だ。
いや、それにも増して、戸籍が別々に成ると言う問題だ。
それを彼に提示したら、彼は別々には成らないと言う。
詰まり、子供の戸籍は両親の戸籍に入ると言うお花畑の回答だった。
彼は現在、組合の委員長で立場も在るので、彼の面子を潰す訳にも行かないので、
私は議論を退いた。
しかし、彼が言う「戸籍が別には成らない」と言う論拠は、不確かなものだ。
第一、夫婦別姓制度は日本では未知のもので在り、
その時の政治情勢に依っては別々の戸籍に成る可能性が十分に在り得るからだ。
そもそも現在の戸籍にはまず戸主が在り、共同代表の様なものには成らないはずだ。
すると戸籍は別々に成って、子供は両親のどちらかの戸籍に入る事と成る。
即ち、片親の姓を名乗る訳だ。
「どうしてお父さん(お母さん)と苗字が違うの?」と言う事に成る。
相続の問題も出て来る。
本当に両親の相続権が保障されるのか。
一々嫡子認定をしなければ成らない。
自動的に認定されるかは時の政治事情に依って左右される。
万一、子供の姓で揉めた場合は、家庭裁判所が判断しなければ成らない。
生まれて来た子供の姓について、家庭裁判所は何を以って判断出来るのか。
学校では、父姓の子と、母姓の子が存在する事に成り、
今の学校状況ではイジメの対象に成りはしないだろうか。
私は時期尚早だと思う。
第一、戸籍がバラバラでは益々核家族化が進む。
戦後、GHQに依って、大家族制度が廃止され、小農家が増えて出稼ぎが増えた。
そして近現代史教育も中教審路線に依ってあやふやなものに成り、
GHQが敷いた時限爆弾に依って、今や家族制度は崩壊の一途を辿って居る。
夫婦が別々に暮らす家庭の何と多い事か。
我々は目覚めなければ成らない。
唯、外国に住んで居る国際結婚の私にはどうでもいい事だが…。


タイに住み、まどろんで居る私は、今日も「ザ・ワンダー」に行って来た。
其処でいつ終わるとも分からないタイ語学習をチマチマとして来た。
帰り掛けにお気に入りの市場に寄ってイチゴ売りを探したが、もはや時期は過ぎた様だ。
今度は何にしようか。



今日の朝食


今日はこんなYOUTUBEを見て居た。



【LIVE】れいわ新選組 公認候補予定者発表記者会見(2022年4月7日・国会内)

3月に停電危機があったにもかかわらず火力発電所が廃止された。なぜこんな不合理が起きるのか。



さて、今夜はレッドカレー。
キッチンを覗くと久し振りの良い香り。



一口食べるとメチャ旨。
もっと早く日本料理からタイ料理にシフトして置くべきだったと思った瞬間だった。
唯、ケインズの限界効用学説の通り、最初の一口と比べて、
終わりの方の一口は其の効用が下がる。
唯、その頃には酔いも回って味覚中枢が曖昧に成って居る。
そして、満腹中枢も。
いつも美味しい料理をありがとう。



益々私はタイでまどろんで居る。
唐辛子の辛さで目が覚めてもいいのだが…。