チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで15年。日々の暮らしを綴ります。

隣家の庭のタイル


タイ語学習もせずYOUTUBEだけ見て居る日が続いて居るが、
ブログのネタさえ見つかれば、もう其の日の仕事は終わったと言う気に成る。
別にタイ語学習をしなくても誰からも叱られもしないし、
YOUTUBEだけ見て居ても誰からも文句も言われない。
実に自由気ままな人生だが、これでいいのだろうかと思う事も在る。
別に自問自答してもしなくても、それこそ誰にも何も言われない。
只、無為に日が過ぎて行くだけだ。
日本に居た時はそうでは無かった。
日々世の中の為に、自分の事は横に置いて頑張って来た。
まあ、タガが外れたと言う訳だ。
足も悪く成って、もう、人の為にと言う気力も無い。
そう言うところが、実は妻にも見放されて居るのかも知れない。
しかし、此処で人の為にと言っても、せいぜい日本人会のボランティアをするのが関の山。
そもそも人の為と言う事に、今は疑念を抱いて居る。
自己満足は出来るかも知れないが…。
唯物論の世界に居た日本では、必然と自主と言う概念を抱いて居た。
今は年老いて自信が無くなったと言う訳だ。
励まし合う同志も居ない。
まあ、そう言う事にして置こう。
所詮、もたれ掛かった人生だったと言う訳だ。
どう生きようが自分の人生。
自己実現して居るかどうかと言えば、最近はして居ない。
その点は反省して居る。


さて、今日のネタだが、偶々隣家に行って見ると、
庭のタイルに付いたペンキが綺麗に成って居た。
勿論、お手伝いさんが頑張って落としたのだ。
家に見当たらない時は、てっきりサボってるのかと思ってたが、
トンデモない間違いだった。
何時か機会を見て労って上げなければ…。
弟の不始末を姉として汚名挽回を図らずには居れなかったのだろう。
さぞかし暑い日にも頑張った事だろう。
私なら涼しい雨季に成るのを待ってやるところだが…。
そんな知恵の回る人では無い。
そこが愛おしい。


上が以前
下が現在


さて、今夜はカレー・スパゲティー。
今日は今日の幸せを味わおう。