チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで15年。日々の暮らしを綴ります。

在住の方との別れ

今朝は妻に叩き起こされずに自力で起きた。
切干し大根が切れてたので、その代わりにサヤインゲンにした。
お手伝いさんは分かって居たのだが、
妻が忙しかったらしい。
(何に忙しいのだろう?)
新しいカメラで写そうと思ったらバッテリー切れだと。
確か、昨日一晩充電したはずなのに…。
仕方が無いので朝食はCanonの一眼レフで撮った。



近くの喫茶店は日曜の定休日なので遠くの喫茶店へ。
(但し、ずっと休みなので明日も開くか分からない)
昨日注文したトーストを再度注文すると、
一切れですか、二切れですかと聞いて来た。
やっぱり昨日は私のタイ語が拙かったのか。
今日はワッフルを食べて無かったので二枚注文した。
持って来たのは一枚。
一枚しか無かったと。
何だそりゃ。
雨が降り出したので急いで帰った。



帰ってパソコンを見ると、
日本人会から一斉メール。
在住の方がお亡くなりになられたと。
先日、見舞いに行った方だ。
胃がんで食欲が無くなったと言うので、
山芋を下ろして食べる様にと持って行ったのだが…。
あの時はまだ元気だったのに…。
余りにも早い訃報だった。
最後は寝た切りになって居たと。


彼との思い出は、もう10年ほど前になるが、
私が日本人会のボランティアをして居た時、
チェンライ市内の或る道路で日曜歩行者天国を開始するに当たって、
日本人会にもパフォーマンスなどをしてその開始に一役買って貰いたいとの要望が有り、
その際の出し物として彼に空手の演武をして貰った事が一番思い出深い。
彼は日本でやって居た空手の趣味を生かして市内で道場を開き、
地域の子供達に教えて居たのだ。
郊外に転居して生徒が減ったので、転居先の道場の案内ちらしなども作り協力した。
ホコテンでのパフォーマンスはタイダンスと時間交代で行うので、
ダンスの終了が遅くなり、彼には長時間待って貰う事がしばしばであった。
当然彼の弟子達も引き連れて来て居たのだ。
空手の演武が始まると人だかりとなり、
ホコテンの通行人も通り難くなるほどだった。


昨年からまたしばしば会う様になり、
我が家で豚骨ラーメンを馳走したりして居たのだが…。
人の命は短いもの。
在住の方が亡くなる度に、
日本に住んで居る時以上に寂しさがつのる。