チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで10年が経ちました。日々の暮らしを綴ります。

仔犬のアルバム

2010年2月4日、我が家で生まれた仔犬の物語。


『ある午後の戯れ。』

何故か僕達はホースの回りで遊びます。


「これから何するの?」


「取りあえず、これ。」


「それから?」


「えーとネ…」


「やっぱり、これっ!」 「それっ!」


「ホレっ!」


「やっぱり、こうなる?」


「一抜けた!」


「まだまだ!」


「何くそっ!」


「どうだっ!」


「まだやるよっ!」


「まだまだ!」


「これからだ!」


「もう終わり。」




今年のソンクラン(其の2)


妻は実家に行ってしまった。
親族集合と言う訳だ。
墓参りの時は呼ぶからと言って出掛けた。
私は別に彼女の親族と、特に会いたい訳でも無いし、第一話題が合わない。
「元気か?」位のもんだ。
まあ、「これ喰うか?」位の事は言ってくれる。
と言うより、そう言う事は、妻の専権事項だ。
夫婦の領分を犯してはいけない。
そんな大層なもんでは無いが、兎に角行ってもする事が無い。
それなら、家でパソコンでもいじって居る方が楽しい。
まあ、墓参りには、私の母の骨も埋めてあるので、行く気にはなって居た。
ところが、今朝7時に電話が掛かって来た。
まだ寝て居たので、女中さんが携帯をベッドに持って来てくれた。
「これから墓参りに行くが、来れるか?」と言われたが、寝ぼけまなこで、体もダルかったので、「ふーん」とか頷いて居ると、「来なくてもいいよ」と言われたので、「ほな、そうするわ」と答えた。
1時間位は待ってると言われたが、ここから実家まで1時間位掛かるのだ。
今直ぐ飛び起きて、顔を洗って身支度をする元気も無かった。


昨夜もソンクランの盛り上がりを点検しようと、バイクで夜出掛けたのだが、いつもの道に水鉄砲を持って、待ち構えて居る集団が見えたので、Uターンしてデパートに行ってしまった。
そしたら、私の大好きなサヤインゲンがデパート内の王立農園店にあったので、ホウレン草と一緒に買った。
そしたら、もう偵察には行け無くなった。
帰って、女中さんにお浸しにしてと頼んだ。


水掛け合戦に一人で行くには気が引けるので、女中さんを連れて行くしか無いのだが、と言うのも助手が一人要るのだ。
二つ持って行って、水が無くなったら、直ぐ新しいのに持ち替える。
そうしないと、間隙を縫って撃ち返されるのだ。
取り敢えず水鉄砲を持って見たが、左肩の痛みも問題無さそうだ。
昨日は、結局午後は33度となり、うだる様な暑さになったが、
今日は10時でまだ28度。
これなら、氷水で無くとも心臓の悪い私には、ビビるものがある。


今日の朝日


庭に咲いたアジサイ


昨日の朝食 雑煮とブリの煮付けと酢レンコン


昨日の昼食 カレーうどん


昨日の夕食 天ぷら



お気に入りのクラシック

私がまだ若かった頃、ベートーヴェンの田園や運命しか知らなかった頃、
小学生時代一緒によく遊び、再び付き合う様になった友人が、
これを聞いて見ろと、プロコフィエフの交響曲『青春』のレコードを貸してくれた。
私はその曲がとても気に入り、何度も聞いているうちに、随分長い間借りてしまった。
漸く返却して、また借りたいと思っていたが、
いつの間にか彼の家は立ち退きとなり、行方不明となってしまった。
三軒長屋に住んで居た彼の家は貧しく、別れの挨拶も気が引けたのだろう。
日本に居た時は、いつかまた、京都のどこかで会えるかも知れないと思って居たが、
今となってはもう、それも有り得無い話になってしまった。
彼のお陰で、私のクラシック音楽の世界が広がったと、
今でも感謝している。


忘れもしない、
指揮者はゲンナジー・ロジェストヴィンスキー、
モスクワ・ラジオ放送交響楽団だった。
この曲を聴く度に、彼の事を思い出す。


セルゲイ・セルゲーエヴィチ・プロコフィエフ



交響曲『第7番 嬰ハ短調「青春」』第1楽章

Rozhdestvensky conducts Prokofiev - Symphony No. 7: First Movement [Part 1/4]


交響曲『第7番 嬰ハ短調「青春」』第2楽章

Rozhdestvensky conducts Prokofiev - Symphony No. 7: Second Movement [Part 2/4]


交響曲『第7番 嬰ハ短調「青春」』第3楽章

Rozhdestvensky conducts Prokofiev - Symphony No. 7: Third Movement [Part 3/4]


交響曲『第7番 嬰ハ短調「青春」』第4楽章

Rozhdestvensky conducts Prokofiev - Symphony No. 7: Fourth Movement [Part 4/4]





今年のソンクラン

今年の12日は、閣議決定で祝日となり、お陰で5連休となった。
盛り上がりの様子を、子供が店終いをしたであろう夜の8時頃、バイクで偵察に行って来た。
昼は水を掛けられる危険が有るからだ。
それに涼しいし…。
現に昼間、車で買い物をしたら、子供が水鉄砲を持って、掛ける用意をして居た。
それでいつもの日曜ホコテンの道に行くと、既に飲む方はあちこちでやって居る。
道も所々濡れており、昼間戦った跡が有る。
道のあちこちで、大音響を鳴らしながらステージの設置もして居て、13日からは、本格的に始まる感じだった。
いつも行く店の前には、既に水桶が設置されて居た。
ここは、このホコテンの立役者の店で、なんでも北タイのレストラン協会の会長だと以前聞いた。
この道路での日曜ホコテンの開始に当たって、日本人会に協力依頼をされた時、各種イベントをやったのだが、その時、私も日本人会のボランティアをして居たので、それ以来、彼と親しくなり、いつもその店の前でソンクランを楽しんで居る。
見ず知らずの人達と混じって、トラックと対戦するのだ。
トラックの荷台に大勢の若者が乗り、荷台に乗せてある大きな丸いゴミ容器の水桶を使って、水鉄砲で店前の軍団と対戦する。
わざわざ店の前でトラックを止めて対戦するのだ。
相手が氷水なら勝ち目は無い。
時々、そのポリペールに氷を入れて居る集団も通るのだ。
一方、我が陣営は只の水。
利用させて貰って居る水桶に、氷を入れてくれとは言え無いのだ。
そう言う時は、人の後ろに隠れる。
何しろ人だかりだから、隠れるのは簡単。
いつも、クライマックスの15日の夜には、その店の前は人だかりとなり、若者達のディスコ状態となる。
その上目掛けて、水鉄砲を発射し、盛り上げに貢献するのだ。
いつぞや社長の関係者らしき人が出て来て、お礼を言われた事が有る。
5年前は若かったのだが、今年は左肩も痛いし…。
水鉄砲が撃てるかな?

(写真は、去年のソンクラン)