チェンライの日々

タイ(チェンライ)に住んで10年が経ちました。日々の暮らしを綴ります。

母のこと

私が49で結婚する時、母は79で、まだ、そんなに老けた感じでは無かった。
でも、これ以上結婚を遅らせる事は、母の年齢を考えると申し訳無いと思った。
そして、10年後、タイに移住する時、母は89だったが、まだまだ元気だった。
私がタイに移住したいと言った時、母は反対したが、取り敢えず、1ヵ月ほど遊びに行くと言って、一緒に渡タイした。
そして、2度目に渡タイした時だったろうか、子犬を連れて散歩中、犬が牛の糞を嗅ごうとした時、「汚いから嗅がさ無いで!」と、母に叫んだ。
母が犬を連れて、私は少し先を歩いて居たのだ。
母は頑張って犬の紐を引っ張った。
それが悪かったのだ。
頑張って犬の紐を引っ張ったので、その後、母は腰をぐるぐる回して、腰が痛いと言って居た。
暫くして、どうも腰が痛いと言いながらも、その内治るだろうと思って居たのだが、その時から、腰の痛みは取れ無くなって居た様だ。
少し腰が弱くなったなあと思うくらいで、日常生活には、さほど支障が無い様に思われた。
日本に帰った時は、接骨医に通ったが、また、渡タイした。
タイの病院で診て貰ったりしたのだが、はかばかしく無かった。
そして、日本に帰った時、バスにも乗れ無くなって居る事に気付いた。
それでも車には乗れるので、日常生活には、それほど支障が無い様に思った。
そして、1年ほど経った時だっただろうか、車に乗って居て急ブレーキを踏んだ時、腰をとても痛がった。
それから、腰の痛みは益々酷くなり、歩行器を持たねば歩け無くなった。
それでも、車椅子で飛行機に乗る事は出来た。
それから時が過ぎ、車椅子に乗ったり、押したりして、タイのデパート内を散策する日々が続いた。
そして、何年後かに、家の中でこけてからは、一人で歩け無くなった。
今から思えば、タイのクリニックにも優秀な整形医が居たのに、
知らなかった事を、心の底から情け無く思う。
それからは車椅子の生活が始まった。
それから一年後くらいして、寝たきりの生活になってしまった。
そもそもタイに連れて来たから、こうなったのだと思うと、申し訳無くて、後悔のしようが無い。
そもそも何で私がタイなのか、何て事を考えても、今更どうするものでも無い。
これは私が一生背負い続けて、悠久のタイで生きて行くしか無いのだ。


昨日の昼食 煮しめ

昨日の夕食 すき焼

今日の朝食 サンドイッチ


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